少し肌寒い曇り空の下、私は「アルク」に母を乗せて、病院までの350メートルを歩き出した。
「車椅子なんて嫌がるのではないか」という私の心配をよそに、初めて体験する揺れ心地は案外快適だったようです。 「次もこれでええわ」 母のその一言に、これまでの葛藤がふっと報われるような思いがした。
ただ一つ、母がこぼした「近所の人に会うのが嫌やわ」という言葉が、胸にチクリと刺さす。かつては自分の足で颯爽と歩いていた母にとって、車椅子に乗る姿を見られるのは、少しだけ勇気のいることだったのかもしれない。
ふと気づけば、こうして母と一緒に近所を歩くのは、一体何年ぶりのことだろうか。
おそらく、私が小学生だった頃以来だ。
あの頃の母はもっと大きく、私の前を力強く歩いていただろう。
数十年が経ち、私が住む町もすっかり様変わりした。
町に暮らす顔ぶれもずいぶんと変わった。
そして、私も母も、等しく歳を重ねた。
車椅子を押しながら見つめる母の背中は、いつの間にこんなに小さくなってしまったのだろう。 40kgの重しでテストした時よりも、ずっと軽く感じる母。 自力で歩くことが叶わなくなったその重みを受け止めながら、私は少しだけ、鼻の奥がツンとするような悲しさを覚えた。
かつては母が私の手を引いてくれたように、今は私が母の車椅子を押している。
それは、命が繋いできた確かな時間の結果でもある。
車を出す手間も、駐車場の混雑も、もう気にする必要ない。
「悲しい」という感情も、母を思う大切な気持ちの一部として抱えながら、
これからもこの350メートルを、ゆっくりと、大切に歩んでいこうと思う。
コメント