準備を終えた部屋で、桜を待つ。

もう少し、時間は残されていると思っていた。

デイケアやケアマネさんと相談し、家から出るためのスロープや車椅子をレンタルしたばかりだった。これで明日からは、もっと楽に外の世界へ連れ出してあげられる。万全の準備を整え、安堵していたその日の夕方のことだった。

夕食を前にした母の様子が、明らかにおかしかった。 問いかけへの返答はままならず、深く頭を垂れ、呼吸に混じる「コツっ」という異音。嫌な予感が走り、救急車で病院へ向かった。

診断は、体内のアンモニア数値の上昇による「肝性脳症」の疑い。 これまで唯一頑張ってくれていた腎臓も、いよいよ限界を迎えていたのかもしれない。母は数値を下げるための処置を受け、そのまま入院となった。そして翌日、主治医から告げられたのは「緩和ケア」への移行だった。

今、私が面会に行っても、母はほとんど眠っている。

母がいなくなった部屋に戻ると、そこには私の「精一杯」が並んでいる。 試行錯誤して運用していたポータブルトイレ、アプリカのおむつ処理ボックス。レンタルの3モーターベッド、ポータブル冷蔵庫、電気保温ポット、何種類もの杖やはきやいす靴。 アドバイスを糧に、この部屋でもっと長く、穏やかに過ごしてもらおうと用意した品々だ。

けれど、それらが本来の役目を果たす機会は、もうほとんど残されていないのかもしれない。整えられたままの部屋を見渡すと、叶わなかった未来が胸に込み上げ、居たたまれない気持ちになる。

もしかすると、今後、外泊の許可が出るかもしれない。 今の母の状態を考えれば、私たちが自宅で対応するのは、もう難しいことは分かっている。

けれど、それでも。 せめてあのお気に入りの場所から見える桜だけは、一度でいいから見せてあげたい。 そう願わずにはいられない。

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