失効したパスポートと、の季節

昨今の円安の影響もあり、海外旅行はかつてのように気軽なものではなくなってしまった。為替とは移ろうものだから、いずれ「通常」に戻る日は来るのだろうが、今の私にはそれすらどこか他人事のように感じられる。

ふと気づけば、チベットを訪れて以来、私の海外への足は完全に止まっている。あんなに好きだった旅行の検索すら全くしなくなり、手元のパスポートはいつの間にか期限が切れていた。

かつての私は、今とは正反対だった。 社会人になりたてで休暇もままならない仕事に就いた反動からか、勢いで退職し、1年半もの月日をカンボジアで過ごした。島国育ちの私にとって、陸続きで隣国へ渡れる感覚はあまりに衝撃的だった。数時間車を走らせれば国境を越え、言語も文化も生活もガラリと変わる。海に囲まれた日本では育ちにくい「グローバル」な視点を、私は肌で感じ、その面白さに魅了された。「世界一周してやろう」という勢いで、外の世界へと飛び出していったのだ。

ところが、チベットから戻った後、あれほど燃えていた熱がふいに冷めてしまった。 チベットで嫌な思いをしたわけではない。むしろバックパッカー特有のトラブルさえ、旅の醍醐味として楽しんでいたはずだった。それなのに、なぜ「次」が思い浮かばなくなってしまったのか。自分でも理由は分からない。

「今、本当に行きたい場所はあるか?」 自問自答して浮かんでくるのは、サンフランシスコくらいだ。ネパールやサハラ砂漠など、かつて胸を躍らせた地名も、今の私には少し遠く感じる。

今はただ、期限の切れたパスポートを眺めながら、あの情熱がまた自然に湧き上がるのを待っている……。そんな凪のような時期なのだと、自分に言い聞かせている。

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